『禍黙』
ギンガムチェックのワンピースを着て、赤い蟹の刺繍がされた白いサンダルを履いて、つぶつぶオレンジの缶ジュースを持って、湖の前に立っている。
そういう子供の頃の写真を見ながら自画像を描いた。
こんなに平和で穏やかな写真が分厚いアルバムに何冊も記録されている。しかし、私の心には虐待という2文字も記憶されている。母は流産止めの薬と注射をやりながら私を産んだと言う。どちらかの命が危ない状態だったらしいが、母子ともに生きていた。私はその後しばらくガラスケースの中で育てられたらしいし、母乳も飲んだことがないらしい。時々、なぜ生まれてしまったのか思っていた。流産止めを止めれば直ぐに死んだのに、それでも生んだのに、何故、虐待をしたのか母の心情がわからない。産まなきゃよかったよと何度も言い、おまえは出来が悪いと怒鳴りながら叩いた。私はなにも抵抗出来ずにじっと耐えているしかなかった。なにを悪い事したのか分からなかったけれど、親が駄目と言うんだからとにかく駄目なんだと思って、涙も声も出ないまま動かずただそこで耐え続けた。そして誰にも打ち明けることも出来ないまま、記憶に焼き付いた。近所では、とてもおとなしいお嬢さんという様にしか見られていなかったようだ。アルバムには穏やかそうな家族の記録が残されている。だから記憶は作品に焼き付けようとした。母親との記憶は、冷たい何か複雑な何かに歪められ覆われているように思う。