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「描画、私たち、世界」

各種メディアで流れる世界のニュースは、様々な事象のものがあり、我々は日々、その中から取捨選択していかなければならないくなってから、かなりの時間が経った。その中に他国の問題を自国にも準ずる事態と認識しているものが幾つあるのだろうか?

私は今年、「紛争地帯の人々と私たち日本、及び日本人」をテーマに描くことにした。大袈裟なのは承知である。アメリカから始まり、次第に広がってゆく自国第一主義。内向きな政治、経済はやがて何をもたらすのだろう。

勢いと目先の利害に囚われ、行き着く先は世界の中でも安穏な部類に入るこの国に住む人々にも影響を及ぼしていくのだ。現代の国家間の仕組みの中で、やがて地球規模の問題に発展していくのは眼に見えている。またまた歴史を繰り返すのか?

私は自らの心の病いとの付き合いは40年近くになる。経済学部を卒業しているが、今になって幼少からどんなに苦しくても勉強をしておいてよかったと思う。血と涙に溢れた青少年時代(小学校4年生頃から)を経て、苦渋に充ちた壮年期を経て、描画を続けながら自らの“心の病い”を癒してきた。

治ったのではない。が、以前よく描いていた『宿痾シリーズ』という、自らの病いの症状を直接、描きまくっていた頃と比べると、他に、こういう国際問題にも眼を向ける余裕ができた。自分ではかの情念のこもった『宿痾シリーズ』の絵たちは大好きだが、外に眼を向けるようになった今の自分は、治ったとは言えなくても、長い長い時間をかけて“癒していた”と言えないだろうか?

実際、僕は自分の病いについて最近は描くことがなくなった。殆ど口にもしない。必要なくなった。そこには『宿痾シリーズ』へのオマージュを懐かしむ自分がいる。芸術的につまらなくなったとしても、しょうがない。むしろ社会的には喜ばしいことだろう。だが十分に寂しさもあり…。ああ「深い病み(闇)」にいた自分が羨ましい。

この星のあちこちで、私たちに全く実感の無いままに起こっている、傷ついた人々の痛みだけは僕らと近いだろう。だからこんなのを描きたくなったのかも知れない。この星が滅びる時に、こうしておけばよかった、ああしておけばよかったと思うのだろうか? 個人的な視野の拡がりは、そこにもっと苛酷なものを見つけたのかも知れない。

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