2005年、メゾンブランシュ精神病院は小規模なグループとして地域の中に分散することとなり、ノン・フェールの拠点となった病院建物も売却されました。地域での活動においては、それまでのように精神的な病苦をめぐる問題だけではなく、病院という枠組みがなくなったがゆえに生じる様々な課題へと新たに挑戦することが求められるようになりました。
2008年、イスマイル・コナテと6人のノン・フェールメンバーたちが、RATP(パリ市交通公団)グループの財団と共同で活動を発展させていくことを決め、長期的な見通しの下、それぞれが創造性を発揮して、自ら行動を起こすために、個別的に必要な支援を行うことを目指しました。そしてこの活動は、市民権を得るためにDDAという代理店の形をとることになりました。
2009年からは、DDAはノン・フェールの財政面、および作品や自由な表現の場としてのアトリエの保護を含む全てのプロジェクトを管理し、地域と関係を結ぶための支援をしています。ノン・フェールのメンバーたちは、自らが社会において果たしうる教育的な役割をも自覚し、波乱に富んだ人生や傷を負った人間性の回復をかけて活動をしています。彼らは自らの創作活動が、希望や生きる力を誰かと共有することにつながり、さらに社会との繋がりを生んでゆく、ひとつの原型になると考えているのです。