これまでの展覧会

テキスト 心のアート展

「東精協」=東京精神科病院協会の催しとして、精神障害者の絵画、彫刻、その他の芸 術作品の展覧会を開くことになった。私は小説家として身を立てているけれども、1960年の春から吉祥寺病院でパート医師をしているので、これで48年間 東精協の精神科医師として働いてきたので、今度の催しに審査員として参加することになった。

心の病を持つ人、精神障害者というと、自分たち と関係のない人々、あるいは自分たちとは違った人々と思ってしまうだろうけれど、実は彼たち彼女たちは、一般の方々と少しも違わない人々なのだ。ただ心を 病んでいるだけなので、私のように1954年から50年以上も精神科医をしていて、大勢の患者さんに接してきた者から見ると、ごく普通の友達という関係に なっている。むろん病のために憂うつになったり、悩んだり、ときにはとっぴな行動に走る人もいるけれども、よく一般の人々が言うように狂って凶暴になった りという姿は、ほとんど見られない。それは精神障害に効く薬が沢山開発されたこと、看護者の側での熱心な話しかけや作業の指導など、とくに芸術療法という 心の表現によって慰められることなどによる。

人間の内面を表現するのに絵画はもっとも優れた方法である。心の奥底にある闇や悲しみや怒りや 迷路に落ち込んだ困惑や、反対に明るい解放された気持ちや喜びや温かい慰めや迷路から抜け出した解放感などを、絵画は直接に表現することができる。こうい う表現によって、心の病を持つ人々は、自らを表現して心の病から抜け出ることができる。それが〈芸術療法〉のなかで特に〈絵画療法〉の優れた作用である。 彫刻をする人、細工物をする人、音楽にひたる人などもいる。みんな絵画療法と同じく創作によって心を表現し、表現によって自らを癒すことができるのだ。

こ の世には芸術、特に絵画に対して、それを好む人、独特の優れた才能を持って創作に励む人、ときには天才的な画家もいる。ゴッホがてんかんであったし、ムン クが統合失調症であったこと、山下清が知恵おくれの人であったことは、よく知られている。しかし、てんかんの人がすべてゴッホのような画家になれるもので もないし、統合失調症の人がすべてムンクのような独創的作品を物することもない。山下清においても事情は同様である。

今度のこの『生命から のこもれ日』展は、心を病む人の生み出した魂の記録である。これらの作品がどのような反響を起してくれるか、わたしたちは観た方々の率直なご意見を心待ち にしている。都内の施設からの応募作品を一点一点目の当たりにし、心を病んだ人々は、懸命に内面の魂を表現していて、その迫力と多様な世界に驚き安心し、 感嘆したのである。

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